« JR | トップページ | 計画停電中止 »

2011年3月16日 (水)

計画停電になった

第3グループに属する私の住んでいる町は、予定通り本日最終組の計画停電が実施されました。計画停電で実際に停電になったのは本日が初でした。家族に聞いたところ18:30頃にいきなり停電になったようです。私は電車が動いているか気にしながら会社を出ました。何とか動いていまして、ほっとしました。ただし最寄駅までの路線は本日も動いていないので、途中駅からなるべく自宅に近いバス停までバスで進みました。そのバス停は隣の市にあるのでそこから徒歩で自宅のある町へ。私の町に入った途端、世界は一変します。なんと暗いことか。歩いている途中、こんなにも月明かりが明るいとは、と気づくぐらいに真っ暗でした。しかもチャリンコが無灯火で突進してくるので、危険この上ありません。新青梅街道に出るとさすがに車のヘッドランプで明るいのですが、信号機が消灯しています。そのまま街道沿いの歩道を歩いていくと、運よく自宅の最寄りの交差点の信号機に発電機が直結されて稼働してまして、なんとか新青梅街道を渡ることができました。家に着いたら着いたで、夕食なのですが、暗いので支度がままなりませんでした。乾電池も入手困難なので、12V15W電球(室内灯程度のW)とカーバッテリーを接続した、昨晩急遽手作りした簡易電燈でなんとかなりました。このカーバッテリーは、非常時にアマチュア無線ができるように、室内に用意していたものです。食事後は暖房のない室温約7℃の部屋で、厚着してごろ寝してました。停電後3時間経たない20:30頃待望の電気が復帰しました。実質2時間程度の停電でした。電気が復帰した時は、心の底から安堵した次第です。

やはりゴールデンタイムの停電はきついですね。しかも本日東京では、風が非常に強く、気温も下がって帰宅途中で冷え切りました。帰宅しても家の中は暗くて寒いので、疲れとわびしさがこみ上げてきました。しかも電車が動いていないため、通常よりも1時間早く家を出ており、体がまだ慣れていなので、寝不足気味というのも響いて、余計にそう感じるのかもしれません。

ちなみに計画停電中は、携帯電話はアンテナがバリ3なんですが、自宅に電話できませんでした。携帯電話は非常通話以外できない縛りがかかっているようでした←推測。もちろん家の固定電話もNG。光電話なんで、電気が来ないだけでアウトです。

まだ一回目の計画停電を体験しただけですが、いかに電気依存の生活をしているかが身にしみました。

被災された方は、こんな甘いものでなく、電気、水、ガス、燃料もないところで、もっと過酷な避難生活を余儀なくされているわけで、自分も我慢しなければならないと感じた次第です。

|

« JR | トップページ | 計画停電中止 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« JR | トップページ | 計画停電中止 »